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東京大学 大学院新領域創成科学研究科 ポストドクター研究員 高橋 今日子(たかはし きょうこ)さん

“世界一子どもが育つ町” 秋田・五城目町から考える子どもや地域が幸せを感じるまちづくり

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東京大学 大学院新領域創成科学研究科のポストドクター研究員である高橋今日子さんは、長男の五城目小学校への教育留学をきっかけに、2023年1月に千葉県船橋市から秋田県五城目町へ移住。大学の仕事はすべてリモートワークで行うデュアルライフを送っています。

 高橋さんの専門領域はサスティナビリティ学。「私の研究テーマは、一言でいうと『持続可能なまちづくり』です。その中でも、住んでいる人々の営みから組み立てるまちづくりが近年注目される中で『ウェルビーイング※1を高められるまちづくりはどういうものなのだろう?』とか、気候変動により自然災害が激甚化しつつあり、更には新型コロナを経験して都市に対する見方やライフスタイルが変化した中で、『レジリエンス※2を高められるまちづくりはいかにあるべきか?』という問いに対して答えを探し続けています」といい、「特に私は東京のような大都市圏を対象にし、人々のウェルビーイングを高められるまちづくりについて研究していますが、都市とは対極の環境である農山村地域の五城目町に移住したことで、かえって大都市圏からの問いに対するヒントが沢山見えてきましたね」と話しました。

※1 心身ともに満たされた状態のこと。

※2 困難をしなやかに乗り越え回復する力のこと。

 例えば研究テーマの一つ、ウェルビーイングについては「首都圏から五城目町へ来てくださる方々の感想や、船橋でのこれまでの私たちの生活環境と比較してみると、五城目町は町民のウェルビーイングを自然と高められる仕組みや取組みが多いなと感じています。そして、その最も特徴的なかたちとして表れたのが『教育』をまちづくりの中心にすえていることにあると思います」とのこと。

 “世界一子どもが育つ町”というスローガンを掲げている五城目町。「教育がまちづくりの中心となる」と町の人たちが意識するきっかけになったのは、五城目町の小学校が一つに統合され新築するにあたり、町民全員から意見交換を行うために五城目町教育委員会が開催した「スクールトーク」でした。

 「合計10回にわたり、行政職員も長く地域に暮らす人たちも移住者も、一緒になって話し合いをしたそうです。教育というと子どもだけに焦点が当てられがちですが、この話し合いにより小学校が地域に開かれている土地利用と構造になっていて、大人も一緒に子どもたちと学び続ける環境がつくられています。ウェルビーイングが高いまちづくりを行う時、背伸びや無理をせずとも人とのつながりが自然にあることが大事なんですが、この町は自然な人とのつながりに加えて、そのつながりを支える中心に『学び』というテーマもあり、それが心豊かな町をつくるということにつながっているのではと感じています」と高橋さんは教えてくれました。

 このような豊かな人とのつながりに支えられている地域だからか、全国屈指の学力を誇る秋田県の中でも、五城目町の子どもたちは学力が高く、県内外の難関高校へ進む生徒も多いそうです。

 「首都圏に住んでいた頃は、子育て世代同士で子どもの勉強の話をする際、なかなか正直な話題はしにくい雰囲気がありました。自分の子どもができることを自慢ととられてしまうと場の雰囲気が気まずくなるし、人前では自分の子どものことは卑下しながら表面的な話題で無難にその場を終わらしておく方が良い事も多いかと思います。でも、こちらでは町に学習塾も少ないし、口コミで探るしかない情報も多い上に、町全体で子ども一人一人を育てようとしてくれている意識が感じられるので、町の人たちと子どもの勉強に対する話も正直に真剣にできる雰囲気があります」と高橋さん。今回の取材場所に高橋さんがおすすめしてくれた「いちカフェ」のスタッフの方々は、全員のお子さんがたまたま同級生ということで、取材の合間に「英検を受けさせたいけど塾に通わせずに対策をしたくて。どんな風に子どもに勉強させている?」と話し合う姿も見られました。

教育留学で五城目町の子どもたちの寛容さと地域の温かさを実感

 二人の子どもを持つ高橋さん。移住のきっかけは、当時小学5年生だった長男の五城目小学校への「教育留学」でした。船橋市で通っていた小学校は、全校生徒1,200名を超える全国屈指の大規模校。長男が心身の体調を崩して学校を休みがちになってきた時、毎年クラス替えがあることに加え転出や転入する児童が多いため、先生方や子どもたちからの安定したつながりが得にくい環境となっており、これは長男が今求めている生育環境と異なるのではないかと感じていました。もともとは学校に通うことが大好きだった長男に、本人が安心を感じられる教育環境を再度整えることを模索していたといいます。

 「都市部の大規模な小学校生活しかまだ知らない長男に、日本の地方にはまた違う小学生の世界があり、そこでの教育環境に一旦我が子をおいてみるのもいいかなとぼんやりと考えている時に、五城目小学校が教育留学を開始したことを知りました」。

高橋さんが教育留学の話を長男にすると、迷いながらも「行ってみたい」と返答があり、2022年11月下旬から12月上旬にかけての17日間、五城目小学校の教育留学1人目として通学することになりました。高橋さんは「毎日通えるか不安のある長男は小学校に負担をかけていないか心配だったし、新しい友達と楽しい思い出がほんの少しでもできれば、それで充分だなと思っていた」といいますが、子どもは「クラスの沢山の友達に受け入れてもらい、久しぶりに学校生活が楽しかった」と感じたそうです。

 「長男は船橋での生活で学校や習い事を休むたびに居場所がなくなっていく感覚が本人にはあったようですが、五城目町では小学校生活でどんどん自分の居場所がひろがっていく感覚を得ていったそうです。また、二人の子どもたちに学校の外でも朝市のおばあちゃんや子育て中の親御さんなどが様々な大人が話しかけてくれました。学校の内と外で人の温もりを感じ、その体験の積み重ねで五城目町にどんどん愛着を感じていったみたいです」。

 五城目小学校のコンセプトは「越える学校」。2020年に完成した新校舎には秋田杉がふんだんに使用され、子どもたちが学年を越えて互いの姿を見合うことができるように中庭をぐるりと囲む特徴的な構造に。校舎の外からも子どもたちの様子が地域の人から見えるように外周はガラス張りになっています。さらに、発表や行事に利用できる階段教室、地域の誰もが利用できるメディア棟、町民プールや町営体育館など町の施設と小学校の校舎が隣接するなど、地域と学校の当たり前を“越える”設計になっています。メディア棟内の地域図書室「わーくる」では電源やWifiを利用できるため、高橋さんもパソコンを持ち込んでよく仕事をするそうです。

 また、学校開放を利用した社会教育講座である「みんなの学校」は、校内の階段教室や家庭科室などを使い開講。小学生と同じ授業を地域の人たちが受ける講座もあれば、地域の人たちに向けて体験学習も含めながら実施している講座も。講師は、地域のさまざまな活動をされている方々で構成され、高橋さんもウェルビーイングをテーマに講座を担当しました。

子どもたちの成長を地域に支えてもらいながら、仕事はリモートワークで実施。

 教育留学の期間中、長男がみるみる生きいきと自分らしさを取り戻していく様子を見て、移住の可能性を意識し始めたという高橋さん。不動産屋さんがない地域への移住は住居探しが大変と聞いていたことから、念のために住居の下見も町の人たちに相談しました。「五城目町で知り合った方から『あそこ空いてるみたいだよ』『大家さん知り合いだから聞いてみるね』と親身に手伝ってくれて、いくつか候補となりそうな住居を見つけることができました。そして、長男が教育留学を経てどういう反応を私に示してくるのか、あらゆる可能性の心づもりをして船橋に戻りました」。

 高橋さんは「教育留学後は、私は自分からは移住については口にせず、長男がこれからどうしたいのか話してくるのを待ちました。」と話します。「引越しとかも大変ですしね(笑)。ただ、長男から教育留学終了から2週間で『五城目町の雰囲気とそこの小学校が自分に合ってることが分かった。だから移住したい。』と言われて、次男はまだ小さくどんな環境でも適応できそうなことから『それなら冬休み明けの始業式の日に合わせて五城目町に引っ越そうか。』と移住を決意しました」。

こうして教育留学からわずか1カ月半後、高橋さんは五城目町へ移住。転校してから長男は徐々に体調が回復し学校にかなり通えるようになり、友だちとも笑顔で遊ぶことが多くなるなど、沢山の良い変化が現れてきました。高橋さんは「そういった長男の姿を見ていると、教育留学で本人はこの五城目町の環境がしっくり合うと感じる体験をさせてもらえたんだな思います。そして、今の自分に必要な居場所を、ちゃんと自らの意思で選びとったなと感じますね」と話しました。

 高橋さんは移住にあたり、研究や会議をリモートワークで行えるよう東京大学の自分の研究室にもかけ合い、移住後はまだ1度も上京していないといいます。「東京大学の現在所属している研究室は8年以上お世話になっていて。教授や研究仲間、事務の方々などのサポートが手厚くて助けられています。また新型コロナウイルスの影響もあって社会の働き方に対する意識が変わり、大学がリモートワークの環境を整備してくれたことも良かったと思います」。

 また、高橋さんは、アジア開発銀行研究所(ADBI)にて様々な政策提言を行う論文集の制作のプロジェクトリーダーも務めていますが、こちらはメンバーの居住地が各国に散らばっているため元々リモートワークが基本。時差の調整を工夫していると話しました。「私は子どもたちがいない日本の昼の時間帯が一番動けるので、皆さんに私のスケジュールに合わせてもらったりしました。もしくは私の子どもたちが眠っている深夜になるようにして、ヨーロッパの昼の時間に調整しています」。

子どもたちが大好きな町が、豊かに持続していけるように

 五城目町のおだやかな環境の中、仕事の合間に朝市での買い物を楽しみ、地域の人たちや移住者の皆さんと充実した毎日を送っている高橋さんに、デュアルライフを検討している方へのアドバイスを伺いました。

 「現在は働き方や暮らし方の選択肢を自分で選べる時代に入ったと思っています。ですので、まずは自分がどんな仕事をすることに生きがいを感じ、家族はどんな暮らしを望んでいるのか考えてみて、そこでデュアルライフが選択肢として上がってきたなら、真剣に検討する価値があるのではないでしょうか。デュアルライフは、何か特別な能力を持っている人が行っている生活なのではなく、お金や時間に余裕があって意識が高い人が営んでいる生活なのでもありません。きっと、長男のように自分の素直な希望や望む暮らしの先にデュアルライフが選択肢の一つとして存在し、自分たちなりのデュアルライフができあがっていくと思います」。

 高橋さんは今後について「秋田県は日本で最も少子高齢化が進んでいる県であり、令和5年7月には秋田市・男鹿市・五城目町など県内の広い地域で豪雨被害もありました。このような状況下でまちの持続可能性について視座をおいた時、五城目町は豊かな経験をもとに自分たちの考えや思いを町民一人一人が自分たちの言葉で語れる力強さと、まちづくりに対する官民を越えた話し合いのアウトプットの質の高さなど、町自体がどのように持続していきたいのか?という問いへの答えのイメージがかなりクリアです。私は、子どもたちが大好きになったこの町で、将来にわたって持続していきたいという町の意思を感じとりながら、豊かな町を一緒につくっていけるよう微力ですがお手伝いできたらと思っています。」と語りました。実際に高橋さんは秋田県総合政策審議会委員や五城目町地方創生総合戦略推進協議会委員を務めるなど、秋田県や五城目町の将来にむけて活動しています。

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