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釜石市専任移住コーディネーター 水島 壽人(みずしま ひさと)さん

人との縁に導かれて移住した釜石で、新たな縁を次々と育んでいく。

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岩手県釜石市にある、移住や人材採用などを支援する「しごと・くらしサポートセンター」で取材に応じていただいたのは、鎌倉市出身の水島壽人さん。ご挨拶させていただくと、水島さんの名刺入れからは「釜石市専任移住コーディネーター」「岩手働き方改革推進支援センター センター長」「中小企業診断士・キャリアコンサルタント」など、次々と異なる肩書きの名刺が。

「たくさんあって、どれを渡せばいいか(笑)。ただ、すべて人に関係する仕事なんですよ」と話す水島さんは、現在、2020年に移住した釜石を拠点に、盛岡や東京を行き来し、主に移住サポートや企業の人材マネジメント、起業相談などに当たる、デュアルライフを送っています。

移住する前は東京の大手印刷会社に勤務し、「元々、移住やデュアルライフなんて考えていなくて。人とのご縁に導かれて、ここに来ました」という水島さんに、その経緯やデュアルライフを検討している方へのアドバイスなどを伺いました。

働き方を模索する中、震災をきっかけに釜石へ。

長年、東京の大手印刷会社で出版印刷事業部門の営業職を務めていた水島さん。主に出版社を担当し、書籍の企画立案を行うなど忙しく働いていましたが、時代の変化と共に仕事やキャリアへの迷いが生じ始めたと言います。「入社から10年ほどは、出版社の編集者の懐に入って関係性を深めることで仕事を受注するという時代でした。しかし、景気が悪くなると、そのような営業スタイルが通じなくなり、さらに2000年頃になると紙の印刷が衰退し始めて…。他業種との協業を図るなど、それまでとは仕事内容も大きく変化するようになり、私自身も会社でのキャリアについて漠然と疑問を持つようになりました」。

そんな思いを持ちながら仕事に当たる中、2011年に東日本大震災が発生。その被害をニュースなどで目の当たりにして、「自分の人生はこのままでいいのか。何か変えなければ」と感じた水島さんは、「被災地の助けになりたい」という思いを強くし、災害ボランティアに参加するように。岩手県遠野市を拠点とするNPO法人のボランティア団体に登録し、同年4月末から2013年頃にかけて、月に1回程度、週末を利用して釜石市や陸前高田市などで活動しました。「年齢も職業も異なる多様なバックボーンを持つ人たちとの出会いは、仕事以外のコミュニティがなかった私にとっては視野が広がる大きな経験となりました。この時から、釜石とのご縁が生まれました」。

その後、2014年頃からは「ボランティアとして現地でやれることが少なくなりました」と水島さん。「それなら“東京でやれることを”と、ボランティア仲間と一緒に岩手県の物産展やイベントの企画・運営を始めました」。このときに水島さんが中心メンバーの一人として立ち上げたのが、東京から岩手を盛り上げるイベントで、2025年に10周年を迎えた「岩手わかすフェス」。第5回の開催時には実行委員長を務めるなど、ライフワークとして首都圏の岩手コミュニティ形成のための活動を続けています。

中小企業診断士の資格取得を機に、独立、移住へ。

災害ボランティア以降、岩手に関わり続けていたものの、まだ移住やデュアルライフについて考えてはいなかったという水島さん。デュアルライフの転機となったのが、2016年に中小企業診断士の資格を取得したことでした。「取引先の力になったり、会社での仕事や新規事業に役立てられるのではないかと資格を取得しました。ただ、中小企業診断士の研究会やセミナーで出会った仲間が次々と独立している様子を見て、元々キャリアに迷いがあったこともあり、そういった道もあるのではないかと考え始めました」。

徐々に独立へと気持ちが傾いていった水島さんは、支援活動などで出会って親しくなった東北の仲間たちに独立への想いを話すように。さまざまな方たちから「一緒に仕事をしましょう」と声を掛けられる中、2019年10月に印刷会社を退職した後、東京で知り合った釜石の仲間からの依頼を受け、同年11月に復興庁の「企業間専門人材派遣支援モデル事業(岩手県)コーディネーター」に着任。翌年3月まで東京から岩手の沿岸地域に月3回程度足を運び、中小企業や小規模事業者の採用活動のサポートなどにあたりました。

その半年間の活動の中で、水島さんは釜石や周辺地域のさまざまな方と出会い、絆を深めました。「地域に熱い想いを持っている人が、たくさんいることが新鮮で。この人たちと一緒に仕事をしたい、もっと深く関わりたいという想いが強くなり、釜石市の地域おこし協力隊として2020年6月に移住しました」。

さらに盛岡にある岩手働き方改革推進支援センターのセンター長や、主に岩手県内の中小企業の経営支援を行う中小機構東北本部のアドバイザーとしても活動している水島さん。「よそ者として釜石に来て、やりかったことを実現させてもらっています。その恩返しとして、釜石を盛り上げたり、地域の人たちの力になれればと思って活動しています」と思いを明かしてくれました。

デュアルライフはゆっくり地域との信頼関係の構築を。

現在、移住した釜石を拠点に盛岡、東京の三拠点を行き来して活動している水島さん。「釜石という地域の風土や文化、地域の皆さんの優しい気質が好きなのでこの暮らしを楽しんでいます。ただ、だからこそ釜石の中だけに留まらず、時々は東京などの空気も肌で感じて、そこで学んだことを釜石に還元したいですね」。デュアルライフの大変な点や課題について伺うと、「移動の多さ」と答えてくれましたが、その点はスケジュールを上手く組み合わせ、それぞれの地域に近い仕事はまとめて行うなど工夫して対応しているそうです。

また、デュアルライフについてのアドバイスをお伺いすると「ゆっくり時間をかけて地域との関係性を築いていくことが大切だと思います」と言い、「私は9年間かけて、ゆっくりと岩手や釜石の人と信頼関係を築くことができました。首都圏など大都市圏では地域の移住イベントがよく開催されています。そういったイベントなどに顔を出して関われるところから関わり始めるのもいいのではないでしょうか」と水島さん。「地域のお祭りでも、小さなイベントでも、そういった場に参加して地域の人と話しをすることで、自身の希望に合った地域なのか感じられるはずです」と話してくれました。「例えば釜石の場合は、製鉄の町として栄えたためか、自然な形で移住者を受け入れてくださり、ほどよい距離感が保たれていて心地良く暮らせる懐が深い地域だと思います。地域の皆さんと移住者の交流も盛んで、移住者コミュニティも活発なんですよ」。  

実際に、水島さんがよく利用するコワーキングスペース「co-ba kamaishi marudai」は、三重県とのデュアルライフをしている設計家の方が運営。移住してきた人やデュアルライフを送る人々が集まる、交流の場にもなっています。コワーキングスペースがある参道では、水島さんが運営する「かまいし起業塾」に参加した高校生が運営するお店がオープンするなど、参道の賑わい復活に水島さんも期待しているそうです。

その他に水島さんのお気に入りスポットとなっているのが、根浜海岸。そこで海を眺めたり、近くに建つ老舗旅館の女将さんと話をするのが気分転換になると言います。「ありがたいことに、さまざまなかたちで地域の人たちと繋がることができました。これからも、その方々が幸せになれるように、地域外の人とのマッチングをはじめ、自分ができることをしていきたいですね」。偶然の人との縁から始まったデュアルライフの中で、新たな人と人を結ぶために水島さんは活動を続けていきます。

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